書家・筆じめっせい字屋 芭弥汰句(ハヤタク)

言葉の力、アートの力で人の心を変えていきたい。心のスイッチを入れる言霊筆で綴ります。

子供は親を選んで生まれてくる。っていうかそう思わないとやってらんない。【僕が筆じめっせぃ字屋になったワケ 其の一】

time 2017/05/25

 

あなたはなんでここに生まれ、なんでこの親の元に生まれ、なんでこんな人生を送っているかって考えたことがあるだろうか。

 

私は小さいころからそんなことを考えていた。

 

みんなはどうなんだろう。

 

ませた子供だったのかな。

 

誰かによると子供は親を選んで生まれてくるそうだ。

 

幸せで素晴らしい考え方だと思う。

 

でも、紛争地帯に生まれる子供たちは?

ストリートチルドレンは?

病気や事故ですぐに亡くなってしまった子供たちは?

親からの虐待に苦しんでいる子供たちは?

重い障害を持って生まれてきた子供たちは?

 

宗教的に言うと苦しみを乗り越え幸せを見出すことに意味があるらしい。

 

立派な考えだがクソくらえだと思う。

 

生きるということは世界中に色々な人がいて交錯し世の中をつくっている。

意味があるというなら、それは自分が与えられた状況でどんな風に生きていくか、どんな風に他に影響を与えたかだと思う。

 

もし意味を見いだせたら少しだけ生きる希望になるだろう。

 

ならばそこを目指すのも悪くない。

 

 

 

 

プレゼンイベントで話すことになり、先に題名を決めなければならないということで、とりあえず題名を【「答」僕が筆じめっせぃ字屋になったワケ】にしました。

 

と言いつつも、何を話そうかと悩み、そうこうしている間にあっという間に時間が過ぎてきたので、ココで自分の棚卸をしていこうと思います。

 

デリケートな過去をさらけ出すことは色々な面で勇気がいるが思い出して綴ってみます。

 

 

 

 

昭和47年10月、旭川の病院で生まれた。

 

時は第二次ベビーブーム。

俗に生まれ育ったと言われるところは愛別町。

 

子供の数がものすごく多い時代で今となっては過疎化の進む街に同学年だけで100人以上いた。

 

金物店の長男として生まれた。

 

どうして、前段にあんなことを書いていたかと言うと、私の小さい頃の記憶は母親に甘えていたことと、暗闇と、怒号と、暴力に怯えていたことに占められている。

 

こんな話をすると子供の頃はそんなことがあったねと同じくらいから上の世代の人に言われることは多いし、実際そんな時代ではあったと思うけど、ウチは少し捻じ曲がっていたと思う。

 

モノごごろつくまでは楽しかったのに、モノごごろついてから思春期まではいつも怯えていた。

 

とにかく、そんな子供時代だった・・・。

 

 

 

 

 

次回に続く。

 

 

 

 

 

したっけの。

 

 

 

 

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芭弥汰句

ハヤタク

ハヤタク

職業:書家、デザイナー、WEBプランナー
何だか元気の無い世の中になってませんか?大人たちは未来に悲観し、子供たちは夢を持てない。特に北海道にいるとそう感じざるを得ません。一人一人の気持ちが変われば世の中は少しづつ変わっていくと信じています。そのためにみんなの心のスイッチを入れたい!そんな思いで筆じめっせい字屋として活動しています。
書筆、筆ペンなどを使った絵も書いてます。
北海道内で各種イベントなどで書き下ろししてます。。
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