2022/01/07
創部52年で初の甲子園出場を果たした下関国際高校の監督が「野球と勉強の両立は無理」「文武両道などあり得ない」と発言していたことに、武井壮がその考え方は極端すぎると否定していた。
まあ、どちらの想いもあるのでどちらが正しいということは無いのではと思う。
偏差値の低い学校ということで監督もせめて野球では負けるなということだろうし。
そこに踊っていた文武両道という言葉が気になった。
ここで言われているのは勉強と部活ということだろう。
確かに両方は難しい。実際に両方凄い子たちもいるわけだがそれは頑張った結果だ。
でも、大切なのは結果ではない。過程であり頑張ったという経験だ。
実際、勉強か部活かどちらかしか上手くいかない子もいれば、両方頑張っているけどどっちもパッとしない子だった結構いるはずだ。
でも、悲観してはいけない人生は勉強ができた子が上手く生きられるわけではない。部活で活躍した子が成功できるわけではない。一つのキッカケを手に入れたに過ぎない。
勉強も部活も頑張ってきた経験こそが生きざまに繋がるのだ。
頑張っている姿が人の心に残るかもしれない。沢山のご縁ができるかもしれない。集中力がつくかもしれない。頑張る方法を覚えるかもしれない。体力がつくかもしれない。人の限界に気づくかもしれない。
本質が上手くいかなくても、行動と経験で別な小さな点を沢山手に入れられるのは可能だ。
更に未来を上手く生きられる人はそれらの点を繋げていける人だ。
一つのことを突き抜けられたらそれは凄い未来があるのかもしれない。
でも、それは極々一部の人でしかない。そんな人たちだった未来は分からない。
小さな事しか成し遂げられないとしてもそれが沢山あって繋ぎ合わせればその人だけの個性になる。
だから自分が能力が無い、才能が無いなんて悲観するのは愚かなこと。
自分が手に入れた小さな強みと、小さなご縁をどんどんつなぎ合わせていこう。
そうすれば未来を生きる力は強くなるから。
したっけの。