2022/01/07
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弟が亡くなりました
暫くのあいだブログを更新していませんでしたが思うところがありこれからまた更新して行こうと思います。
さて、まずはこの話しからしていかなければ前に進んでいけないと思っています。
2021年3月20日
愛する弟が亡くなりました。
コ〇ナワクチンの接種をした次の日でした。
3か月ほど経ちかなり心も落ち着いてきましたのでこちらに手記としてまとめて残しておきます。
ここに至るまで病院や保健所とのやり取り、マスコミとの対応などありました。
途中、YouTubeに弟の死に関することを含んだ動画をアップしましたが、沢山の励ましの声もいただきましたが否定的な書き込みや思いもしない憶測なども呼び、私がもともとYouTubeで発信したかった内容とは別の視聴者層が集まってきたこともありその動画は一旦限定公開にしました。
そんなこともありこちらに私の想いを残すことにしました。
弟の件に関しては記憶をたどりながら少しずつ更新していきたいと思います。
ワクチンに関する想い
まず、私は反ワクチンを声高に叫ぶ気はありません。
なので弟の死を反ワクチン派に利用されるのは本意ではありません。
ちなみに他の遺族や彼の友人知人の想いは分かりませんので私だけの想いです。
私はワクチン自体は日本の社会にとってはたぶん必要であろうと思いますし、ある程度の割合の人が打たない限り社会が通常に戻らないでしょう。
しかし、私自身は今の段階でワクチンを打つ気はありませんし、家族に対して積極的に薦めたいととは思いません。
現状のワクチンは治験が進んでいないモノであり、緊急事態的に世界的に承認されたものだからです。
すなわち、今の段階では打つことのリスクがある程度ありうるということです。
それに対して、日本人の中でウイルスに感染して重症化し、なおかつ死亡した人は圧倒的に少ない訳です。
あとは心情としてやはり弟が死んだということがあります。
因果関係を証明することもできないですし、医学的には素人判断だと言われるかもしれませんが、要因として0%だとは思えません。
それは弟の死亡判定したドクターの話しを聞いても因果関係はまったくないとは思うことができなかったためです。
この件はまた別に書きたいと思います。
私自身、弟と極近い遺伝子を持っているわけですし、感染して死ぬリスクとワクチンを打ったリスクを鑑みた時に今のところ打ちたいと思いません。
ワクチン推奨派と反ワクチン派
インターネットなどを見るとワクチンを早く打ちたい人たちと、ワクチンは打つべきではないという人たちが分かれています。
たぶんよく分からないという人もかなりいるでしょうが。
私はどちらも間違っていないと思います。
問題はお互いが認め、尊重できる雰囲気ではないということです。
ワクチンを打つのが当たり前というのが多数になるでしょうから、危惧しているのはワクチンを打ってないことが差別につながっているということです。
こんなことを言うと、お前は自分がウイルスを拡散するのか!と責められそうですが、感染経路がインフルエンザなどと変わらないと思われることから、その言葉に意味があるとは思いません。
変異性のウイルスである以上、今後もワクチンでさえある程度しか機能しないと思うからです。
なのでウイルスのリスクも、ワクチンのリスクもある程度受け入れて個人が判断し、お互いを尊重し生きていくしかないのではないでしょうか。
今を生きる
YouTubeで欧米や大陸に住んでいる人の情報を見る限り、ワクチン接種も進み日本よりもまだまだ感染者数の割合が高い国でもすでに自由な生活が戻ってきているところはかなりありそうです。
これは日本と違い個人主義、個人の責任が重視されている国が多いからだと思います。
しかし、日本はお互いがお互いを監視するような社会になってしまって、他人の目が恐くて自分の行動が制限されることを受け入れるのが当たり前のようになっています。
結果、一方を助けるために一方を犠牲にすることが当たり前のようになっています。
きっと、今のままでは多くの別な犠牲者を多数出しつつ、世界的な雰囲気に流されてなし崩し的に元の生活に戻っていくのでしょう。
それまでに苦しい想いをしたり、仕事が無くなったり、障害をおったり、弟の様に亡くなってしまったとしても、そのほとんどの人は歴史の普通の流れの中での出来事で終わってしまうことでしょう。
それに流されるも抗うも自分の人生です。
少なくとも色々なことを知った上で後悔しない生き方をしたいものです。
弟が死んでから自分の生き方をより深く考えるようになりました。
ウイルスもワクチンもあろうとなかろうと、明日、来年、10年後どうなっているか分からないのです。
今をどう生きるかを試されているのかもしれません。
乱筆乱文失礼します。
弟の死に関することはまた続けて少しずつ思い出しながら出していきます。